忍者ブログ
日常におけるどうでもよい事象をろくでもない雑念を交え発信する。 面白いことなら無限にできるはずさ。

[PR]

×

[PR]上記の広告は3ヶ月以上新規記事投稿のないブログに表示されています。新しい記事を書く事で広告が消えます。

仙人の道もインポから

仙人の道もインポから始まる

言葉通り多く世の男性はその高い性欲に悩むのである。

いま、机に向って勉強しようとする。しかし目の前にはインターネットという便利すぎる魔物と、yourfilehostというピンクサーバによって志は折れる。

ではその煩悩から逃れるにはどうすればよいのかといえば、無理にもその環境を作らないことにある。つまり、利便性を求めた現代の進歩と逆行せねばならぬ。

しかし困ったことに日本全国どこでもインターネットが普及した故、完全に逃れるのは不可能だろう。

山に籠り、ケータイを逆パカしてでも自制しなければならないか。人の作りしものに溺れるのは哀れだ。

去勢すれば少しは学に傾くか。古代宦官(去勢した官吏)のように出世の道になるだろうか。

島耕作もビル・クリントンもきっと理性と戦ってるんだろう。だから時代のせいにしちゃあいけない。

「賢者タイム」がずっと続けばいいものだが、若さは回復力として顕著にあらわれる。

「ハードディスクは抜いてから整理せよ」との格言も、妙に納得がイクのである。
PR

ニートの起こし方

ニートの起こし方


問題
部屋にこもったニートを起こし、部屋から外に出させるにはどうしたらいいだろうか。





答え(要ドラッグ)↓↓↓

地震を起こす。地震は起こせないという人はそれまでである。。

もっとも「自信」を起こさせられれば良いのだが。
           ↑↑↑





投票者の最善の行動

選挙権

選挙に行かない20代が多いという。なぜだろうか。


昔の人がどれだけ苦労して、選挙権を得たのか十分に社会の授業で習ったつもりである。


実は私にもとうとう初めての選挙権(参政権)が与えられた。
そこで今回、投票者の最善の行動について考える。
ただし都議選にならい、小選挙区制での投票を条件とする。


選挙人はまず次の2つの行動から1つを選ぶことが出来る。
・投票する
・棄権する

まず「投票する」場合

選挙という多数決の中において、投票者にとって最悪の結果は何か。
それは自分の票が死票になることである。つまり自分の投票した者が落選すること。

落選した候補の得票率によっては多少心理的な影響はあるが、どうあれ最終的に少数であれば落選し価値はなくなる。故に投票した者の敗北は最も避けたい事態である。

では、勝算の高い者に投票すべきかというと、一概にそうとは言えない。
複数名から1名を選ぶ場合は、勝算の高い者(または勝算のある対立候補)に投票すべきだが、

複数名から複数名を選ぶ場合は考える必要がある。

たとえばA,B,C,D,Eの5名が立候補していて、上位3名が当選するとする
ここでAがずば抜けて強かった場合、「A以外は支持できない」という考えを除き、Aに投票することは無駄である。

考えるのは3名の枠に誰が入ることが(自分は)望ましいかである。

ここで自分の考えが以下であるとする
A ○
B △
C ×
D ○
E ◎

望ましい ◎>○>△>× 望まない

Eに入れたいが落選してしまうかもしれない。
そこで誰に投票すると死票になるのかという情報が必要となった。
言い換えれば投票状況の情報である。

この情報を完全に把握できれば(つまり開票状況がわかれば)、誰に投票すべきかを確実に決定できるが無論それは不可能だ。

投票状況を読む材料としては以下のものが考えられる
・選挙事務所の情報
・出口調査
・世論調査
・前回の同じ選挙の結果(現職、落選者に限る)

など

出口調査はTVの規制で投票時間後の発表なので、インサイダーが必要。
選挙事務所も同様である。よって世論調査(政党支持率)と”過去問”が現実的である。

先ほどの例を予想した結果以下のようになったとする。単位は%
A ○ 30
B × 25
C △ 20
D ○ 20
E ◎  5

Eに入れれば死票になる可能性が高いので残念だがあきらめる。
Aは堅いので投票する必要もない。BよりもCを応援したいが、2番も3番も当選には変わりないのでDに投票すべき、となった。

死票のリスクを完全に避けたわけではないが、焼け石に水を一滴たらすよりは信念を曲げてでも効果のある一票を投じるべきと考える。


話を戻して「棄権する」場合

棄権いう選択肢をとるべき時はどのようなときなのか
・全立候補者が不満である
・自分の間違った一票を投じたくない
・選挙権が必要ないという意思表示
・過半数阻止工作(国会などで)

自らの意思で棄権をする人の意見は一番目が多いが、面倒で選挙に行かない人が大半であるのが現実だ。結果、宗教団体や組織の息のかかったところが有利になりやすい。

結局、よほどの理由がない限り棄権は避けるべきであるだろう。


話は変わるが以前に政治学科の友人と「投票権数の差別化」を議論したことがある。

具体的には
高卒<大卒<院卒<官僚、法曹、教授、上級資格者

のようにインテリには多くの投票権をというもの。

私は反対の立場だが、不必要な投票権の印刷、発送コストは削減してもよいのではと思っている。

ハンバーガー

私はハンバーガーが好きである。

それは子供の頃ハンバーガーを食べたからである。

だから毎日ハンバーガーを食べたい。

しかし、毎日ハンバーガーを食べると病気になってしまう。

病気になるとハンバーガーを味わえなくなってしまう。

なのでハンバーガーを毎日食べることは出来ない。

したいことが出来ないことは不幸である。

よってハンバーガーを食べることは不幸である。





そんなわけがない


高校生の頃「スーパーサイズミー」という映画を女の子と観にいったのだが、あまりの低俗で下品な内容に私は爆笑、彼女は愕然、嫌われたという痛烈な思い出がある。

ルールは簡単、監督自身が1か月の間、1日3食マクドナルドを食べ続けるという内容だ。それ以外は一切食べない、飲まない。店員にスーパーサイズを勧められたら快く「YES!」と答えるのだ。

さすがアメリカのドキュメンタリで、過激な表現もしたい放題。日本の映像ではありえない、嘔吐のシーンまである(無修正)。

クライマックスは大方の予想通り激太り、内臓に支障が出たとかで監督自身が実験台となってジャンクフードの批判をした。

それ以来3日とマックに足を運ばなかったが4日目には気にせずハンバーガーを食べた。



毎日ハンバーガーを食べるのは良くないことくらいは小学生でもわかる。

しかしマクドナルドとハンバーガーの日本にもたらした幸せは大きいだろう。

友人と家族と恋人と、手軽で安く、ハンバーガーを食べる楽しい時間と場所を提供してくれた。

日本人の平均身長も伸びた(食の欧米化が一因と言われている)。

だから藤田田氏(日本マクドナルド創業者)には心から感謝している。



1015個のハンバーガー(一個あたり59円の頃)


詳細:hamb.s28.xrea.com/

二次関数とかけて色欲ととく

二次関数とかけて色欲ととく

そのこころは


二次関数の一般式 f(x)=ax2+bx+c とし

恋のABC を一般的見解いわゆる
A…キス
B…ペッティング(愛撫、前戯)
C…インサート(挿入、本番)
と定義する
また大文字と小文字の区別は無視する


(証明)
x=「愛情」とおく

愛情の量が普通のとき
x=1 ⇔ f(x)=a+b+c である


愛情が増したとき
x=2 ⇔ f(x)=4a+2b+c   

これは「性交渉の機会に対し、唇や愛撫の回数が飛躍的に増えた」と理解できる


愛情が無くなったとき
x=0 ⇔ f(x)= c

つまり、求めるものはカラダだけになってしまう。

以上より f(x)=男女の恋 と考えられる。

また、負の愛情は存在しない。たとえば嫌悪は愛情の反対とは一概には言えないためである。よって x≧0 で成立。

(証明おわりでいいのかな…)


なんつーフザケタことを、一年くらい前に落語研究会の「目白亭柔豚(ニュートン・当時)」に言ったのがウケたのを思い出したので掲載しました。

万有引力と放物線には何かの縁があるのかもしれません。


ところでABCとは書きましたが、結局それらは順序を示しています。

そもそも順序とは何でしょうか。後輩で「Cから始まる恋もあり」ということを言っていたビチ子ちゃんがいました。人それぞれだというのは投げやり過ぎですが、第三者が介入すべき事柄でも無いはずです。
細かい言い訳をするならばA∈B∈C  (∈は「右は左を含む」)
であるし「付き合って~か月」だから良い悪いの議論は甚だおかしいものであると思います。
周りの意見に流されず自身の考えを持つことが必要なのだと考えます。

ABCってのももはや隠語ではないので、明日から「恋の序破急」って言ってみたらどうでしょう。



(以上、昨年反響のあったmixiの日記より転載)

恋のABC を一般的見解いわゆる
A…キス
B…ペッティング(愛撫、前戯)
C…インサート(挿入、本番)
と定義する
また大文字と小文字の区別は無視する


(証明)
x=「愛情」とおく

愛情の量が普通のとき
x=1 ⇔ f(x)=a+b+c である


愛情が増したとき
x=2 ⇔ f(x)=4a+2b+c   

これは「性交渉の機会に対し、唇や愛撫の回数が飛躍的に増えた」と理解できる


愛情が無くなったとき
x=0 ⇔ f(x)= c

つまり、求めるものはカラダだけになってしまう。

以上より f(x)=男女の恋 と考えられる。

また、負の愛情は存在しない。たとえば嫌悪は愛情の反対とは一概には言えないためである。よって x≧0 で成立。

(証明おわりでいいのかな…)


なんつーフザケタことを、一年くらい前に落語研究会の「目白亭柔豚(ニュートン・当時)」に言ったのがウケたのを思い出したので掲載しました。

万有引力と放物線には何かの縁があるのかもしれません。


ところでABCとは書きましたが、結局それらは順序を示しています。

そもそも順序とは何でしょうか。後輩で「Cから始まる恋もあり」ということを言っていたビチ子ちゃんがいました。人それぞれだというのは投げやり過ぎですが、第三者が介入すべき事柄でも無いはずです。
細かい言い訳をするならばA∈B∈C  (∈は「右は左を含む」)
であるし「付き合って~か月」だから良い悪いの議論は甚だおかしいものであると思います。
周りの意見に流されず自身の考えを持つことが必要なのだと考えます。

ABCってのももはや隠語ではないので、明日から「恋の序破急」って言ってみたらどうでしょう。



(以上、昨年反響のあったmixiの日記より転載) " dc:identifier="http://not6.blog.shinobi.jp/%E3%81%91%E3%81%97%E3%81%8B%E3%82%89%E3%82%93%E6%95%B0%E5%AD%A6/%E4%BA%8C%E6%AC%A1%E9%96%A2%E6%95%B0%E3%81%A8%E3%81%8B%E3%81%91%E3%81%A6%E8%89%B2%E6%AC%B2%E3%81%A8%E3%81%A8%E3%81%8F" /> -->